ドイツの物価事情に興味をお持ちの方も多いのではないでしょうか。日本との比較で「高い」「安い」と一概に言えない複雑な状況があります。近年のインフレの影響もあり、ド…


苦難の歴史を乗り越えて東西の統一を果たしたドイツ。 その歴史舞台の中心になっていた街が首都である「ベルリン」。第二次世界大戦後、ドイツが東西に分断された一時期を除いて、ドイツ帝国時代からの首都ベルリンには、幾多の変遷を見つめてきた多くの歴史的遺産が残されています。激動の歴史を見守ってきたブランデンブルク門や戦勝記念塔など、統一ドイツの首都の魅力に触れられます。また公園や湖が多く、緑豊かな都市でもあ…
2024年06月25日更新
ベルリンはその歴史、文化、芸術、そして独自のライフスタイルにより魅力的な都市と言えます。以下に具体的な魅力をいくつか挙げてみます。
ベルリンのベストシーズンは一年を通じて様々な魅力がありますが、特に春(5月から6月頃)と初秋(9月から10月頃)が特におすすめです。
ドイツの首都ベルリンの大通り、ウンターデンリンデンの近くにある、同国連邦議会の議事堂「ドイツ国会議事堂」。屋上にはドームが設置されており、ドームの中には通路が設けられて、見学者がベルリン市街を眺めたり、議場の中がのぞけたりするようになっています。
ドイツ・ベルリンのシンボルとされている城門「ブランデンブルク門」。ブランデンブルグ門は、ベルリンの、そしてドイツの様々な歴史の証人となってきた、そして何よりもベルリンの分断と統一のシンボルとなっています。新年を迎える大パーティーを始め、多くの社会的なイベントが、ここでは開かれるのも頷けます。高さ26m、幅 65.5m、 奥行き11mの大きな門は、古代ギリシャ風の古典主義様式で建設されており12の柱から構成されています。
第二次世界大戦後の冷戦期においてドイツ・ベルリンが東西に分断されていた時代に、同市内の東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれていた国境検問所「チェックポイント・チャーリー」。1961年から1990年まで存在し、ベルリンの壁と並ぶ東西分断の象徴として、また一部の東ドイツ市民にとっては自由への窓口として、冷戦のシンボルのように捉えられています。
ドイツ・ベルリンのティーアガルテンの中央部にそびえ立つ、高さ67メートルの石造の塔「戦勝記念塔」。デンマーク戦争での勝利を記念して1864年に建設が始められ、1872年に完成し、塔の頂上には金色の勝利の女神ヴィクトリアが立っています。第二次世界大戦中に、兵士がこの塔の中に篭って市街戦を戦った時の銃撃の跡が今も残っています。
ベルリン中心部にある、壮大なドームが一際印象的な大聖堂「ベルリン大聖堂」。博物館群のあるシュプレー川の中州にあるベルリン大聖堂はホーエンツォレルン王家の記念教会であり、教会の歴史は1465年までにもさかのぼります。この教会を1905年、ヴィルヘルム2世の指示により建て替えられ、現在の形になっています。
ベルリン観光のハイライトとも言えるスポットで世界遺産ともなっている島「博物館島(ムゼウムスインゼル)」。その名の通り、シュプレー川の中州に浮かぶ島に「ペルガモン博物館」「新博物館」「旧ナショナルギャラリー」「旧博物館」「ボーデ博物館」の5つの博物館・美術館が集結しています。発掘品や美術品などドイツ屈指の至宝が収められており、1日では見学しきれないほどのスケールを誇ります。
ベルリンのブランデンブルク門の南に開設された、ホロコーストで殺されたユダヤ人犠牲者のための記念碑「ホロコースト記念碑」。首都ベルリンの中心、ブランデンブルク門の真南のおよそサッカー場2面分の敷地に建設されており、2,711本のコンクリート製の柱がマトリクス状に整列する巨大なパブリック・アートの公園であり、「石碑の広場」とも呼ばれています。
ドイツの首都ベルリンのシュプレー川に架かる2層構造の橋「オーバーバウム橋」。
1961年8月13日、市民の西ベルリンへの脱出を防止するため、東ドイツ政府が東西ベルリンの周囲に築いた防壁「ベルリンの壁」。1989年11月9日にいわゆるベルリンの壁の崩壊が起こるまで、東西ドイツの民族分断の象徴であり、ひいては西側諸国の資本主義と、東側諸国の共産主義の対立の象徴でもありました。
ベルリンで最も美しいと言われている広場「ジャンダルメンマルクト」。ドイツ大聖堂、フランス大聖堂、ベルリン交響楽団の本拠地であるコンツェルトハウスなどの歴史的建造物が建っており、とても優美な空間となっています。昼間は人通りも多く賑やかなのですが、夕方になるとクラシックな街灯がともり、昼間の喧騒を忘れさせてくれる落ち着いた雰囲気となります。スポンサーリンク
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